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屋久島の森。降雨量が多く温暖なため、苔類が森全体を覆い、息苦しくなりそうなくらいの緑だった。 |
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ザンビア。ビクトリア大瀑布に、満月の明かりでかかった虹。月明かりの虹は幻想的で、その上空にはオリオンが輝いていた。 |
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イエメン。サウジアラビアとの国境に広がるルブ・アル・ハリ砂漠。 |
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ペルー。チチカカ湖。標高約4000メートルの高さにあるために、日射しが強烈で、湖は内包する豊かさのために透明感は少なく、深い群青色をしていた。 |
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トルコ。カパドキア地方の奇岩。以前は迫害されたキリスト教徒が隠れ住んだといわれているが、現在はほとんど使われることもない。 |
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ボリビア。チチカカ湖よりも広い塩湖の中に、まさに浮かぶようにしてイスラ・デ・ペス(魚の島)があり、そこには棒状のサボテンが巨大に成長していた。 |
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イエメン。国の東南部のシバームの古い建物。築500年は経っているとみられている。 |
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ブータン。村はずれのお寺の広場にダルシンと呼ばれる白いのぼりがはためいていた。 |
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パキスタン。ペシャワールのでこぼこ舗道のはじっこで、空き箱に赤い布をかけただけの商品台にパフュームの小びんを広げて売っていた。 |
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イエメン、インド洋に浮かぶソコトラ島。 |
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トルコ、アンカラの町外れ、トルコズボンのある風景。 |
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インド北部、ラダック地方。4000メートル級の峠を越えたバスがひと休みした谷の向こう側には、ゴンパ(寺院)が岩の世界の中にたたずんでいた。 |
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イエメン、首都のサナアから北西に100キロほどのところにある、マーウィット付近にて。山羊と牛を追っていた親子。 |
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パキスタン、タキシラにて。 |
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ブータン。ティンプーの郊外にて。ちょうど桃の花が満開の季節だった。 |
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ボリビア。南西部にある塩湖に落ちる夕日。この塩湖の大きさは琵琶湖の14倍にもなるという。 |
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イエメン。ハッジャ付近だったように記憶する。痩せた土地を段々畑に区切って、ゆっくりゆっくり耕してゆくようだ。 |
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ブータン。 |
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ペルー、チチカカ湖。トトラという葦草で作られたボートを漕ぐ。 |
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ブータン、ティンプーの繁華街にある食堂。 |
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ラオス。メコン川に朝焼けがさし始めた。コーン島付近。 |
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イエメン、サナア旧市街。石造りの建物は、漆喰でイエメン独特のデザインに塗られている。 |
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トルコ、イスタンブール。裏通りの住宅街の洗濯物。向いの家と喧嘩してしまったらどうするのだろうか。 |
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ブータン。千枚田には赤米を中心に、さまざまな種類の米が植えられているようだ。 |
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ブータン。峠に旅人の無事を祈るかのようにかけられたタルチョ。 |
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トルコ、イスタンブール。ガラタ橋のたもとにて。 |
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ラサからカトマンズへのフライトで見たヒマラヤ。 |
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イエメン。サナア付近、山岳地方の老人だったと記憶する。以下にあるイエメンの
写真も含めて1990〜91年頃。 |
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イエメン。紅海沿岸ティハマ地方の老人。アフリカが近いだけに、アフリカの血が混じっているのがわかる。 |
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イエメン。紅海沿岸の小さな町アル・ロヘイヤで出会った姉妹。高温湿潤なこの地方は、服装、性格ともオープンな感じだ。 |
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イエメン。アル・ロへイヤにて。見かけない顔だちの人が通ったのを、興味深気に門扉から笑顔を覗かせた。 |
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イエメン。ハドラマウト地方、ベドウィン独特のチャドルをまとった少女たち。 |
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イエメン。紅海沿岸の古い港町モカのあたりか。 |
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イエメン。ティハマ地方にて。 |
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イエメン。山岳地方の町、イッブまたはジブラにて。 |
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イエメン。ハドラマウト地方、シバームの郊外の農業用水路で沐浴をする男。 |
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イエメン。ソコトラ島にて。地理的にはすでにソマリアに近く、言葉もアラビア語はあまり通じず、ソコトラ語を話していた。 |
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イエメン。撮影地不詳(サナア近郊か)。 |
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イエメン。サナア旧市街にて。 |
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イエメン。サナア大学にて、女子大生。 |
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イエメン。首都のサナアから東に行ったところにある、オールドマアリブという朽ち果てつつある村で見かけた女性。 |
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イエメン。撮影地は不詳。 |
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イエメン。北部の町サアダにて。ここにはユダヤ人も多く住んでいる。 |
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イエメン。ムカッラのお茶やで出会ったベドゥインの男。 |
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イエメン。オマーン国境に程近い小さな町にて。 |
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ネパール。カトマンズの町中にて。 |
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ネパール。ポカラの郊外の町からトレッキングに出かけた途中で出会った少女。篭のひもを額にかついで、お使いの帰りのようだった。 |
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ネパール、カトマンズ市内にて。 |
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ネパール。ポカラからトレッキングに出かけた途中で出会った母子。 |
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ボリビア。サンタクルーズ近くのコロニア・オキナワにて。小さなお店で買い物をしていたインディヘの女性。ボリビアの写真は、2000年、7〜8月の撮影。 |
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ボリビア。国の南西部に巨大な塩湖があり、そのほとりにある、塩の袋詰め工場で働く男。 |
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ボリビア。コチャバンバ郊外のウルクピーニャのお祭りで、屋台のフレッシュオレンジジュースを売っていたおばあちゃん。 |
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ボリビア。公園で遊んでいた女の子。 |
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ボリビア。サンタクルーズに住んでいる男の人。 |
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ブータン。首都ティンプーで出会った少女。ブータンの写真は、2001年3月の撮影。 |
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ブータン。ティンプーからプナカへゆく途中で出会ったおじさん。 |
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ブータン。登校途中の子どもたち。ティンプーにて。 |
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ブータン。ロベッサという小さな村で、家を建てていた男。家をたてる時は、村びとが互いに協力しあって建てるようだ。 |
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ブータン。町外れの市場で物売りをしていたおばさん。金の鼻飾りが印象的だった。 |
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ブータン、ティンプーの朝、登校前の女の子。この国では英語教育が普及していて、この子も流暢な英語で話しかけてきた。 |
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ブータン。34の写真の女の子の妹。 |
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ブータン。絶壁に建つタクツァン僧院に登る途中にであった夫婦。 |
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ブータン。ワンデュ・ポダンの商店街で出会った夫婦。 |
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ブータン。ロベッサの村にて、畑仕事をする女性とこども。 |
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ブータン。撮影地不詳。ティンプーか。 |
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ブータン。ティンプーからプナカへ行く途中、峠のふもとの村で。トラックの運転手相手のお茶やが並ぶなか、林檎売りをしていた女性。 |
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ブータン。ティンプー近郊の寺院にいた学僧。 |
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ブータン、ティンプーにて。バイクで出勤するお父さんとこども。この子は小学校に行くのだろうか。 |
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ブータン。ロベッサ村付近にて。彼は背景に写っている長く重い角材を背中にかついで運んでいた。 |
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ブータン、ティンプーにて。商店街の歩道で遊んでいたこども。理知的な瞳が印象的だった。 |
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ラオス。ルアンパバンの寺院の庭にある大きな木の下で孫と遊んでいたおばあちゃん。ラオスの写真は以下のものを含めて1999年の撮影。 |
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ラオス、パクセの食堂を兼ねたお土産物屋の看板娘。彼女のだしてくれたラオスのビール、ビヤ・ラオは格別に美味しかった。 |
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ラオス。撮影地不詳。 |
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ラオス。 |
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ラオス。水汲みをする少女たち。 |
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ラオス。北部中国国境近くの町にて。 |
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ラオス。北部の少数民族の女性。 |
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沖縄、鳩間島。豊年祭の少女。奉納の舞を踊った後に撮らせてもらった。 |
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沖縄、大宜味村にて。撮影当時94歳だった。彼女達年輩の女性が話す沖縄の言葉は、大袈裟ではなく何一つわからなかった。 |
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沖縄、阿嘉島で長いこと手作りのとうふを作り続けたおばあちゃん。「儲けにはならないけど、楽しみに買いに来てくれる人が多いから…」という気持ちを受け継いで、今は娘さんがとうふを作り続けている。 |
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沖縄、与那国島にて。子どもたちのための、与那国馬の牧場を営み、そこをステーションにしたネットワークを広げつつある。 |
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沖縄、阿嘉島にて。夏は毎年この島に休暇に来ているということだった。 |
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東京。高田馬場のにあるカレー屋「マハバール」のおじさん。ランチセットのお代わり自由のナンを、いつも「たくさん食べてくださいね」と勧めてくれる。 |
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チベット。ラサのセラ寺にて。ちょうど中庭で「問答」の試験の最中だったが、外野はわりとのんきな雰囲気だった。 |
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チベット、ラサにて。どこのお寺だったかは不祥。 |
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チベット。ラサの運動公園で行われた、馬の曲乗り会に参加していた女性と愛馬。 |
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チベット。撮影地不詳。(西の方の町だったと思う) |
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チベット。ガンデン寺のふもとの麦畑で出会った家族。大麦の豊作と家族が共に過ごしていることの幸せがそこにあった。 |