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(これは「建設実務」という雑誌にフォトエッセーとして連載したものを、ホームページ用に書き直したものです。)
その冬の夜、僕はスペインのマドリッド行きの夜行列車に乗っていました。六人用のコンパートメントには僕の他に乗客はなく、真っ暗な中ひとり夜のしじまにまどろんでゆきました。
夜中にふと目が覚めました。夜行列車独特ののんびりした揺れは続いていて、フランスから国境を越えて、スペインに入ったようでした。仰向けに寝たまま、上の棚のザックにふと目をやると、そこにあるはずのザックが、棚の向こうのはずれまで移動しています。おや、と思いザックを見てみると、鍵をかけていなかったポケットが開けられていました。泥棒。ザックがあまりに重かったので持ってゆかなかったのでしょうか。それからは不安と恐ろしさで眠ることができませんでした。あるはずもないのですが、野球のバットはないものかと、きょろきょろとあたりを見回していました。
それから二時間ほどもたった頃でしょうか。コンパートメントのドアが音もなく開き、通路の蛍光灯が漏れてきました。シルエットの男は音をたてず静かに、迷うことなく棚のザックに近づいてきました。僕は首筋から頬、そしてこめかみまでひきつるのがわかりました。男は背伸びをして棚の上の僕のザックに手を伸ばしました。僕はひきつりながらも「あー!」だか「わー!」だかムンクの『叫び』よろしくとにかく叫んでいました。驚いたのは彼で、どこかに頭をぶつけながら、なぜだか「ウォーター、ウォーター」とわめいて逃げて行きました。
それが僕のスペイン巡礼ならぬスペイン洗礼でした。
何年たっても、思い出すとぞっとするのですが、そのあとからも行く先々の国で僕はさまざまな「洗礼」を受けることになったのでした。そのときはまだ知らずにのほほんとしていましたが・・・。ひとり旅は好きですが、物騒な洗礼はちょっとおことわりですね。
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